二つの時
それは、普通に空を眺めていた時のこと。
(――――!?)
突然……急に思い出した。
何故かなんてわからない。
とにかく、思い出した。桔梗に出会うよりももっと昔、まだ自分が幼かった時、母が生きていた時のこと……
初めて出会ったのは朔の日の夜のことだった。その時はなぜ隠れなくてはいけないのかさえもわからなかった。なぜ髪が黒く、その日だけ人間になるのかもわからなかった。
―――まだ俺もガキだったからな……―――
母に言われても、犬夜叉は母が寝た後でこそっと抜けだし、外に出た。
月が見えない。星空がいつもよりもきれいに見える。
しばらく空を見ていた。
その時、急に隣で声がした。
「ねぇ…」
少しびっくりして横を向くと、その頃の自分と同じぐらいの背の女の子が灯りを持って立っていた。
「あなたが……犬夜叉って言うの?」
「犬夜叉…俺だけど、何か……?」
「えぇと、私の村の子達が言ってたんだ、近くの貴族の中に半妖がいるってね。それで、私一度見てみたくて、家を抜け出してきたんだけど……」
「だけど?」
「……人間とあまり変わらないね。どうしてみんなから嫌われてるの?」
「…今は人間なんだよ。日が昇ってくれば半妖に戻る。」
「ふぅん……どんな姿?」
「え…なんて言ったらいいんだろ…」
「日が昇って来るまでずっとここにいていい?一度見てみたいの。」
「あ、いいよ…ねぇ、おまえ何て言うんだ?」
「私?……葵。」
「『あおい』かぁ……」
「そう、あっおっい。よろしくね!」
「あ、あぁ……」
「ところで……半妖って人間を食べちゃうって、本当?」
「なっ…ウソに決まってんだろ。なんでそんなことを……」
「村の子や大人達が言っているの。半妖は半分妖怪だから近づいちゃいけないって。近づくと食べられちゃうよって……」
「じゃあ、なんで葵は俺を怖がらないんだよ。」
「それはね、本当かどうか知りたかったの。ただそれだけ。私も最初は半妖って怖いのかなって思っていたけど、実際に会ったら人間と変わらない姿だったから、安心した。」
「……だから、今は人間なんだってば。」
「もしかして、元に戻ると怖い姿になるの?」
「それは……自分の目で見ろよ。」
「うんっ。」
犬夜叉と葵は、そうして日が出るまで星空を見ながら話をしていた。
―――半妖を怖がらねぇ奴は、あいつが生まれて初めてだっけ……―――
そのうちに朝日が昇ってきた。葵は、変わっていく犬夜叉の姿を見つめていた。
そして、耳が生えた瞬間、
「きゃっ、これかわいぃ〜!」
「えっ、ちょっと何するんだよ!」
葵はいきなり犬夜叉の耳をギュッと掴んだ。
「確かにあなたって人間じゃないけど……こんな姿で嫌われるなんて変だよ!かっこいいじゃない!」
「わ……わかったからその手を取ってくれ〜!!」
「はいはい…今回のであなたの住んでいる所もわかったし、またこれから来るね!今夜のこと誰にも言わないから大丈夫!」
葵はそういうと、犬夜叉の耳から手を放し、村の方へと走って行った。
「あぁ…俺も誰にも言わねぇ。」
犬夜叉も家の方へ走っていくと、向こうから冥加が走って来た。
「い、犬夜叉さま、こんなところで何を……」
「何をって、ただ星空を眺めてただけだよ。とってもきれいだったから。」
「母上さまが心配しておられましたぞ。早くおかえりなさいませ。」
「あ、あぁ……」
それから、犬夜叉と葵は会ってはいろいろな話をしたり遊んだりした。もちろん誰も、自分の母さえ見ていないところで。
―――そう、それは………俺にとって初めての『友達』だった―――
―――俺は……桔梗に会うまえにも…半妖を許してくれる奴と出会っていたんだ―――
そうして、一ヶ月ほど過ぎた時のことだった。
「ねぇ、犬夜叉。あなたって、私のこと好き?」
葵はいきなりこんなことを犬夜叉に問いかけた。
「え…俺……わからねぇ。」
「そう?私は犬夜叉のこと好きよ。」
「はぁ!?」
―――今思うと、ガキでもあんなにすんなりと言える奴は他にいなかったような気がする―――
「なぜかわかんないんだけど…私、あなたと会ってから楽しくなった。毎日は会えないのわかっているのに、会いたいような気がする。そんな感じ。」
「俺も……嫌いってわけじゃねーけど…いきなり言われても……」
「決めた!私、あんたのお嫁さんになる!」
「っておい……!」
「いいの。今はまだ二人とも子供だけど、いつかなってみせるから。いいでしょ?」
「ま、まぁいいけど……」
―――でもあいつは、俺のことを………『恋人』と思っていたらしい。―――
―――その時の俺も葵のことを嫌いだなんて思っていなかった。生まれて初めて持った遊び仲間。ただの遊び仲間なのに、むしろ……好きと言ってもよかったほどに―――
しかし、葵はその後犬夜叉の所に来ることは二度となかった。ずっとなかった。
―――そして、親父もおふくろも死んだ。俺は独りぼっちになった……―――
桔梗と出会ったころは、そんなことをすっかり忘れていた。少しも覚えてなかった。かごめと出会っても。今の今になるまで、思い出すことは一回もなかった。
何故だろうか?覚えていなかったことよりも、今、急に思い出せたことの方が気になって仕方がない。
―――あいつと……今でも何かがあるのか?―――
―――あるとしたら、それは一体……?―――
「…夜叉……犬夜叉っ!」
「あ…あ゛ぁ!?」
かごめの声で、犬夜叉は我に返った。
「さっきから30分ぐらいもボ―――ッとして、どうしたのよ!?」
「え…えと……なんでもねぇっ!」
「恐らく、その目からして桔梗様のことでも思っていたのでしょう。それ以外にありません。」
「やっぱり二股じゃのう。」
「き……桔梗のことじゃねえっ!」
「素直にいいなさい、犬夜叉。」
「だから…本当に違うんでいっ!」
「だったら、何を思っとったのじゃ?」
「ったくてめーら……しゃーねぇ、言うよ。言えばいいんだろっ。」
犬夜叉は言いたくなかったのだが、これだけ言われると言い訳もできなかったので仕方なく言うことにした。
「へぇ…一応犬夜叉に友達もいたんだ。」
「一時だけどな。」
「でも、本当にわからないの?なぜ今そのことを思い出したかっていうのが。」
「わかんねぇんだよ、本当に。あれから何十年も経ってる。生きているわけもねえっ。」
「犬夜叉、その子のことが今でも好きなのじゃったら、今度は二股ならぬ三股に……」
「七宝、てめえなぁ……」
「それでも、急に思い出したということは、やはり何かがあるのでしょう。それ以外に考えられませんな。」
「………けっ。」
(もう絶対こんなこと言わねぇっ。)
時は流れる……
「きれいだね……」
「あぁ……」
二人は、草原の中で空を眺めていた。青空の中で、少しずつ雲が形を変えていく。
「買い物の帰り道だけど、たまにはこんなことしていても悪くないんじゃない?」
「そうだな。久しぶりだもんな……」
【やっと会えたな……】
【そうね……】
「………?」
乱馬は何か聞こえたような気がしてあたりを見回したが、何もなかった。
「あかね、今何か聞こえなかったか?」
「別に、何も聞こえなかったけど。」
「そうか………」
(空耳かな……でも確かに聞こえたんだよな。)
しばらく、二人の間に沈黙が続いた。
(聞こえたとしたら、どこから聞こえたんだろう?まさか空から………??)
そう思うと、本当に聞こえたような気がしてならなかった。しかも、その声は乱馬とあかねにそっくりで……。
「なぁ……あかね。」
「ん?どうしたの?」
「俺ってさぁ、おまえと初めて会ったのって…やっぱりおまえの家でだよな。」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「いや、今さぁ……その前…もっと前にもなんか、おまえと会ったような気がして……」
(へ……?乱馬、急に何を言ってるんだか…)
「…会ってるわけないじゃない。私は全然乱馬なんかと会った覚えはないけど。」
「そーかぁ?会ってる気がするんだけどなぁ……」
乱馬はこの時、なんで自分がこんな質問をしているのかもよくわからなかった。でも、何故かしていたのだった。
「気のせい気のせい。」
あかねは絶対そんなことないという感じで言っている。
「気のせいかぁ?」
「絶対気のせいよ。」
その時……
ぼこぼこっ
「……ここはどこだ。」
急に二人の前に良牙が出てきた。
「あら、良牙くん久しぶり。」
「あ、あかねさ……ぁ!?」
良牙に見えた風景は、少し遠くに町は見えるものの、この近くはかなり広い草原。そこにさっきまで乱馬とあかねが二人っきり。
まるでどっかの小説やドラマのシチュエーション。
「乱馬ぁ!貴様さっきまであかねさんに何をしていたっ!?」
(まーたこいつわけのわからねぇことを……)
「別に、何もしてねぇよ。」
「本当だろーなぁ?」
「本当に決まってるだろ?だーれがあんなかわいくねぇ女を口説くかって。」
ぴきっ
「かわいくなくて悪かったわねーっ!」
「あかねさんへの暴言、許せーんっ!」
「わ……ちょ、ちょっと待て―――っ!!」
乱馬は、さっきの不思議な声のことなんかすっかり忘れて二人の攻撃を避けていた。
この二つの出来事が500年きっかりの間で起こったことは誰も知らない……
執筆最終更新日:2004年1月16日(多分修正後の日付で、実際はもっと前)
これは……
この話はあの長編が思っていたよりとても長くなって、乱馬が犬夜叉の生まれ変わりである事がわかるのがかなり後の事になりそうだったので、その前にとりあえずそういう話を作りたいなぁと。
なのでよくありそうな(?)話になってしまいました。
注:あの長編小説ではあかねの前世はまた別の人だという設定になってます。今はまだ出てきてませんが、いつか出るはずです……いつか(今のとこ、その人が出てくる予定はなんと最終話にて(ぇ